100%な朝を迎える方法

平凡な毎日の何気ない出来事を切り取っていく

「場を乱すことにはならないの」

夏休みにゼミの仲間で
バーベキューに行こうと声をかけられた

発起人の男女は
30人のゼミ生全員に声をかけているらしい
俺は担当班の奴以外は
あまり仲も良くはなかったので
はなから面倒臭さが先立ったが
殆どの人間が参加することを聞いて
輪を乱すのもどうかと思って
渋々ついて行くことにした

場所も遠いし屋外も好きじゃない
その昼からの笑顔の絶えないイベントに
俺はその日終始テンションが低くて
昼を食べ終わった頃には
すっかり飽きてしまった
川辺をとぼとぼ散歩して
これはいつお開きになるのだろうと嘆いた

夕陽が落ち
数人でランタンを囲んで皆が談笑している折
退屈すぎて欠伸がでる
1人の男が俺に声をかけてきた
「○○くんだっけ?」
男は俺の名前も朧げだった そして
「眠いの?」と聞いてきた
不意の咎め
「いや、別に」とだけ言った

つまらない男がつまらなくして居て
その場の空気を悪くする
つまりは俺はそういう人間なのだ

「側の自販機には」

その昔セブンイレブンが本当に
7時から11時までの営業時間だった頃
だいぶ遅れて僕らの街にも
一店舗建った
それは当時とてもとても衝撃的だった
激しい色のフラッペが2機ぐるぐるまわり
暖かいあんまんや肉まんが
ブースに収まっている景色
街灯さえ乏しい道にあって
そこだけ夜遅くまで煌々としていた
新しいものの好きな友人は
スイミングの帰りに何かしらかを必ず買って
うまそうに食っていた
買い食いの許されない家が厳しい僕は
そんな様を指を加えて羨ましがった
そんなひどい田舎

でも僕はそれよりかなり後に
家の近くにアサヒの自動販売機が
設置された時の方がもっと衝撃は強かった
歩いて1分程度の業者の倉庫の横に
夜もずっと明るいそこで
いつでも冷たいジュースが買える
無駄に朝早く起きて100円を握りしめて
買いに行く そしてそれを
なぜか起きてきた家族に自慢げに話した
「朝早く目が覚めちゃって、自販機までジュース買いに行ったんだよ」

何を買ったか、何を飲んだかは
どうでもよかった

「行方知らず」

飯食いに行かねえかと
先輩に声をかけられて回らない寿司屋に行った
そこで俺は子供ができて今度結婚するのだと伝えた
先輩はしみじみしながら喜んでくれて
日本酒をあおり高い寿司を奢ってくれた
先輩はよく浮気をして都度奥さんと
喧嘩をしているといつも話していた

少し経って先輩がヘッドハンティングされて
会社を辞めることを知った
給料も上がるし役職も待遇され
山の見える田舎に大きな家を買って引っ越すそうだ
ウッドデッキを作って
そこで子供二人と
バーベキューをするのだと言って笑った
落ち着いてくれてよかったと思った

数年後その当時の仲間と会合した
会社は既に倒産していたので
みんなと会うのは久しぶりだった
とりあえずみんな元気にやっている

そこで先輩が離婚したことを聞いた
社長が先輩を呼ぼうと
携帯に電話をしたけど繋がらなかった
それで移動した先の会社に電話をかけた
ところが先輩は既にそこを辞めていた
連絡先は知らないし
家も住んでいないらしく
もうどこに行ったかもわからないらしい

「イヤホンをつければ」

彼は感受性が生まれつき強かった
いろんなことに気を使い
顔色を伺い 気を揉み

気づけばいつも自分を殺していて
ついには何も、自分には無くなっていた
意志も目標も願望も理想も
何も無かった

相手の言い分に引っ張られて動き
話しかける人の悩みに共感して
理由もなくどっと疲れがのし掛かる

いつからか
見える景色も聞こえる音にも
もう、耐えられなくなった
頭の中には常にネガティブな思考が
ループしていた

誰とも話したくなかった

視力の悪い彼であるが
車の運転以外は眼鏡をしない

外に出る時には
常にイヤホンをして音を流した
電車の中の話し声
後ろから歩く音
衣擦れさえ神経に触るのだ
だから流れる曲はなんでもよかった

ある日の残業の帰り
ほとほと疲れ果ててしまって
半ば放心して外を歩いていた
つい耳に詰める習慣を忘れるていた

そこでやっと
季節が油蝉から鈴虫に変わっていることに気づいた
額から汗が滴る代わりに二の腕を触ると
ひんやりとつめたかった

「先輩」

広い背中に太めのボンタンが
良く似合っていた
ひとつ上の部活のヒロ先輩は
何人もいる怖い先輩の1人であったが
カリスマ性があった

そのひとつにヒロ先輩には彼女がいて
それを僕らに隠しもせず見せてくる

僕ら一年生は部の伝統として
帰りに校門に並んで先輩全員が帰るまで
お見送りをしなければならなかった
先輩が通るたび「さようなら」と
大きな声で挨拶するのだ
一部の先生が暴力団みたいだから止めろと
僕らに行ったが
そんなことは僕らに言われても困る

ある日ヒロ先輩がいつものように
フラフラと校門を通って僕らは挨拶した
少し過ぎたあたりで後ろを振り返る
下駄箱で彼女が出てくるところだった
すると先輩は彼女に向かって
手のひらを上にした手招きで彼女を呼んだ
こいよ、みたいな
嬉しそうに彼女が走って先輩の隣に並んで
帰っていくのを僕らは阿保みたいに眺めた

それで、もう聞こえない距離になって僕らは
色めきだった 仕草を真似て
「これもんだよ!」って
「これもんだよ!」って

僕らは事あるごとに「一年!」と怒鳴られた
挨拶が小さいと、集まりが遅いと、
走るのにへばると、プレーが悪いと
かっこよさなんて微塵もなかった
いつかはあんな先輩になりたいって
みんな心の中で思っていた
リーゼントみたいな髪型も、革靴も、
ボンタンも、裏ボタンも、連れの彼女も
かっこよかった
後輩からこれもんだよ、これもんだよって
言われる日が来るのだろうかって

僕らは次の日もその次の日も
ボールを磨き、床を拭いた 
そんな奴隷のような僕らの夢

「斜め読み」

結構売れている本だった
どんな内容かは知らなかったけれど
本屋の目立つところに平積みされていたので
手に取った

だけどその本は結婚した相手のことを
夫とか旦那とか、相方でもいいのだけれど
「配偶者」と記していた
それが随所に出てくる
配偶者は、配偶者が、と
それがなんだか神経に触った
それ以外にも気になるフレーズが多くて
嫌気が差して
最初の数ページで畳に転がした

少し経ってまた手に取った
そして斜め読みをして読み切った
概ね評価の高いレビューだったが
内容があまり入ってこなくて
自分の評価は低かった

何処かの小説で
死後50年経過した本しか認めないよ
などというセリフを目にしたことがある
毎月何百冊と出版される本で
多くの本が淘汰されて
それでも残っているものは
やはり良質なのだろうって
思うわけであり

「ブッキング」

浜風が開け放った車の窓から入ってきて
運転手の友人が奇声を発する
外が暗くても海が近いと強く感じた
外房の友人の家に向かっている
明日は朝イチで海に行く予定だ
男だけではあるが
久しぶりに高校の親友が3人集まるとあって
楽しみでしょうがなかった

たっぷり4時間かかった外房の友人宅で
俺たちは夜更けまで呑んだ
だけど、会話の合間合間で運転手の友人は
電話をかけに携帯を持って外に出た
どうも彼女と少し揉めているらしかった
部屋に戻ってくるとちょっとだけ暗い顔を見せて
また2人の馬鹿騒ぎに取り込まれていった

翌日は素晴らしく快晴だった
いい大人が3人波と戯れ続けた
刺さるような暑い日差しが気持ちよく
焼きそばを食いかき氷を飲み煙草を吸った
砂浜で寝そべってひと息つくと
運転手の友人が、言った

「ああ、楽しかったなぁ。さぁ帰るか」

まだ2時前である
俺と外房の友人は驚いた
いや待てこれからじゃないか、と
当然俺は奴を海に引き摺り込んだ
そんな悶着を何回か繰り返して
さすがに可哀想になったので4時に出ることにした

彼女との約束をブッキングさせていたのだ
明らかに数時間はかかる場所から
あと10分で着くという内容の電話を
何回もした
独り言もこう言えば大丈夫だ
この理由できっと納得するぜ
このジュースを渡せば機嫌も直るはずと
からしたら常軌を逸している内容を口にして
自らを鼓舞し続けていた

何だかんだで地元に帰ってきた時は
日もとっぷり暮れてしまっていた
玄関から出てきた彼女は明らかに激怒している
後ろの扉を乱暴に開けて
座席からどさどさと俺の荷物が落ちて
慌てて運転手の友人が拾いに走った
運転席に戻るや機嫌が直るはずのジュースも
「いらない」とぴしゃり ピリついた
俺の家までの道のり
前傾姿勢でハンドルを握る無言の友人の横で
俺もまた無言でポテチをぽりぽり食べ続けた

 

後日友人に会うと怒られた
どうにかあの時の修羅場は切り抜けたようだが
俺が車内で陽気に喋って取り持ってくれることを
期待していたらしい

いや、お前でなんとかせーよと