100%な朝を迎える方法

平凡な毎日の何気ない出来事を切り取っていく

2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

「絶対勝てよ」

町内対抗の運動会の運営に駆り出された 同一地区のいくつかの町内に分かれて競うそれは終始和気藹々とはしていたが瞬間瞬間でメラメラと勝利への執着があちこちでほとばしって見えた 運営の立場上、公平であるべきであるがやはり自分の町内の結果は気になる…

「奇声」

朝、たまに乗り継ぎの駅で少し遅れた電車に乗ると彼はいる ああ、この時間のこの車両だったとあらためて気づいて乗り込んだ事をほんの少しだけ後悔する 彼は車内に響くほどの奇声を定期的に発するのだ 最初に乗った時はさすがに驚いたでも別に害はないだから…

「大型トラック」

今日予備校からもらった年末最後の模試も散々な結果だった呆れるくらいに点が取れていなかった一年の浪人生活で得た力が結局この程度のものだったのかと情けなくて、情けなくて駅からの家路を不安と焦りと自己嫌悪に包まれながらただ、ただ下を向いて歩いて…

「ヘイ•ポーラ」

彼女はいつだって渦の中心にいた 三送会にクラス毎で出し物をすることになった題目が決まらぬまま行き来する中彼女に白羽の矢がたった彼女は二つ返事で請け負った フランス語の曲をステージで披露する 一人で文書で歌詞を起こし擦り切れるほどレコードを繰り…

「裏生地問屋の息子」

息せき切って地方都市の長閑な川沿いを学ランを着た裏生地問屋の学生が自転車で走り去る家業の手伝いが押して時間に遅れそうだ 今日は高校生の娘の家庭教師バイト料はめっぽう安いが楽しくって外したくない仕事だったこの前地元の大学に落ちたら浪人しようか…

「テトラポッド」

夏の日差しを真芯に受けて僕らは沖合のテトラポッドの上にいた級友が次々と一番高いところから勢いよく飛び込んでいく中僕はその様を傍観者面で眺めていた 傍にいた見知らぬおじさんがてっぺんを指し君は飛ばないの? と聞いてきた僕は愛想笑いを浮かべてい…

「誤解」

カナダにホームステイするんです 仲の良かった女性職員が報告に来た近々退職するとの事新人の時から気にかけていた後輩だっただから異国で誰も知らない所に行けるようなそんな肝の据わった印象を持っていなくて少し驚いた 辛かったらすぐ帰ってきなよとか寒…

「シェイク」

ショッピングモールに併設された日曜のファーストフード店はとても混んでいて連なる客を増員したスタッフでさばいても切れ目がない そんな最中祖母と孫がカウンターに来てまでシェイクを選びあぐねている孫に焦る 祖母が急かして声をかけるどれにするのかと…

「付き添いの婦人」

暑い日も寒い日もその高齢の婦人は見舞いに来ていた脳出血を患った夫の入院もずいぶんと長くなる 具合が良くなったかと思ったらまた悪くなって退院できるかなと期待したらまた延期になって そんなことが繰り返され調子は芳しくないということを病棟の事務員…

「おつかれさま」

夕陽が沈んだばかりの駅のロータリーにバリバリとエンジン音を響かせながら3人乗りの2tトラックが入ってきてタクシー乗り場で停車する 作業着の男が助手席から飛び降りて歩を止めずに運転席に後ろ手を挙げた 助手席に乗っていたもう一人がドアを閉めがて…

「遊園地の花火」

その日遊園地は空が暗くなってもいつもの閉園時間に灯りを消さなかった盆を締めくくる花火があがるのだった郊外の地ではあるが、人はそこそこ多くそこでの仕事を五時に解放された僕は夏のバイトで同じく入った仲間達が昼間に引っ掛けた売店の女の子達も一緒…

「指輪」

春の生暖かい日差しが降り注ぐ午後二人の祖母の指輪を買いに街に出た 金はそれに使い切ると以前から決めていたただ指輪なんて見に行くのも買うのも初めてで店に入るのも憚られ意を決して入った宝石店で物色していると化粧の厚い中年の女性が寄ってきて聞いて…

「そんなあなたに」

最寄駅に24時間営業のスーパーが併設していてそこのレジに僕が名物おばちゃんと勝手に呼んでいる店員さんがいる 身長はやや小柄で年齢は六十そこそこ栗色の髪の毛にくるんくるんのパーマをかけてどぎついブルーのアイシャドウをしているのが特徴だ ナイト…

「提灯の下」

狭い道路の両面に華やかな出店提灯のあかりがずっと続いていた小学校に上がりたてか幼稚園生か浴衣に着飾った姉妹が母親に連れられて人でごった返すその路地を覚束なく歩いていた歩くたびカラコロと鳴る下駄の音が心地よく買ってもらったばかりのウインナー…

「盲導犬」

夕方のラッシュのピークが少し過ぎた頃乗換の駅から各駅停車に乗った次の駅が終点なこともあり人もまばらで乗るなり歩く勢いで席に座ると目の前に盲導犬が大人しく腹を床につけてくつろいでいる高齢の主人は爆睡中だった周りの乗客も見るともなく視線を這わ…

「反撃開始」

歩けるほどの小さい子供を抱えた夫婦が指定席でサッカー観戦をしていたお父さんと子供はホームチームのユニフォームを身に纏うがお父さんだけが目を血走らせていた贔屓のホームチームは時間を考えてもかなり劣勢だった お母さんがすでに飽きている子供のトイ…

「失恋」

夏の終わりにバイト先の後輩が失恋してカラオケで騒ぎたいと言うので仕事終わりに付き合ってやることにした 大して飲めないくせに景気良くサワーを大量に頼んであっという間に正体を無くした 嫌な思いを忘れたくて歌詞ははてしなくめちゃくちゃで何かを求め…

「タイヤの妖精」

もうすぐ家に着く路上の空き地で動物の苦しそうな鳴き声が聞こえたような気がした家に帰ってもその事が気になって嫌がる母親を連れ暗がりの中を見にいくと廃棄物の溜まり場の中のタイヤのホイールに首がすっぽり挟まって動けない仔犬がいた僕達があれこれや…

「都電」

都電に揺られて僕たちは公園に向かっていた初夏の本当に気持ちのいい日で彼女もなんだかいつもよりはしゃいでいるように見えた 駅前の店で買った使い捨てのカメラと揺れるたびにちゃぽちゃぽ鳴る水筒木々を通り抜けるたびに漏れる陽射しが二人をまだらに彩っ…

「教師」

今思えばずいぶんぶっ飛んだ先生だった小学二年の時の担任の先生はヤンキー上がりのような激しい男だった低学年の担任を担う先生が男というのも珍しいが期間限定の産休先生であることがそのミスマッチを良しとしたのだろう 新任だった先生は初日はずいぶん緊…

「特典」

土曜日の勤務が終わって夕方に場末のラーメン屋に行った空いているカウンターで麺をすすっているとひとつ開けた席に青年が腰を下ろした 携帯を見せて何やら店員と話をしているああ、なんかクーポンのようなものだろうなんて目の端に捕らえながらも大して気に…

「命の重さ」

大学を卒業して2年後に先生が死んだ 恩師と呼ぶには心許ないほど思い出は無いが大学院に進んだ同級生が同じ研究室だった仲間に電話をかけまくってくれていてその恩義と昔の仲間に会えることで重い足を運んでいった 葬儀は大学の側の葬祭場で催されそれは立派…

「窓の景色」

合格発表がなされる前にスケートを滑りに行こうなんて縁起でもない卒業を間近に控えた最後のイベントに学校が仕掛けたのはそんな遠足だった始めての氷の上で散々七転八倒しての帰路慣れない筋肉を使って疲れた身体をシートに投げだして高速道路の外の田園を…

「パンを買う」

パンを買ってくるのです 母、違うのですパンを食べたいわけではないんです 彼の街は給食が無かった何度も議会では議論されてきたらしいが親の温かみを大事にしたいと弁当を親が作る大切さを尊重してきた 多くの母親がめんどうくさがる中彼の母は愛情たっぷり…

「お気遣い」

小腹が空いてふらと目に付いたチェーン店のカツ丼屋に入った 昼飯どきとあって店内はやや混んでいてぽつぽつと空いているカウンターを数席超え見つけた二人用のテーブルに腰掛けた時後方の入り口にこれから入ろうとする何グループかの姿が見えてしまった だ…

「孟春」

21時を少し過ぎた時刻に仕事を終えてコートの襟を直しながら砂利の駐車場に降りると暗がりの中に女性と小さな犬の影が見えた「お久しぶりです。年越せたんですね」最近見かけなかったので少しほっとした半年前の夏に今日と同じような時間に同じ場所で逢った…

「通信教育」

小学生の時、友人の家に遊びに行ってその光景に心が震えた本棚に成績で得た沢山のメダルや盾返却されたテストのコメント欄に書いた運動会のエピソードに赤ペンの返信全国の同級生の中での順位が記された成績表興味深い付録の数々その通信教育の勧誘を受けて…

「繰り返されるもの」

就職したての頃十歳年上の先輩にこれからもこの仕事を続けていくのかと問われた会社に入ってまだ間もない新人によくもまあ そんな質問するよなと思った 数十年後仕事にほとほと疲れた私は部下に同じ質問をしていてそれに気づいたときちょっとだけ苦笑いをした

「余命」

古い友人が淡々と語る何もしなければ親父の余命はあと半年抗がん剤の治療をして上手くハマれば手術ができる可能性も万一あるらしい 続けてこんなことをつけ加える俺だったらやらないなそんな思いしてもう長く生きたくないよ って残念ながら私も同感だった 壮…

「月」

高校の後輩が星の間を指差して何か言った “えっ?” 僕が聞き返す “月” 彼女が云う “綺麗な月”僕は曖昧に返す“あ、ああ…綺麗だね” って その場を離れた僕を捕まえて一連を見ていた友人が嫉妬に駆られて言い付ける 絶対あの子、お前のこと ってだからもう一度…