100%な朝を迎える方法

平凡な毎日の何気ない出来事を切り取っていく

2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

「父の後ろ」

団塊の世代を生きた父は育児には協力的ではなかった たまの休みも家にいては電卓を打ち母が仕事だと言っては父をゴルフに送り出していた 同級生が、出来たばかりの「ディズニーランドに今度行くんだ」とか チケットのまだ取りにくい「後楽園球場にこの前行っ…

「まどろみ」

バルコニーの屋根に所々隠されてゆっくり流れていく雲を引っ張り出したチェアにもたれながら長いこと眺めていた 時間がとてもゆったりして日々の身体のこわばりが徐々にほどけていくのがわかる大きく深呼吸をしてみるとコーヒーの香りがキッチンからそよいで…

「球場の端」

第二試合目が終わって客席の人々が慌ただしく入れ替わり涙と笑顔の入り混じったスタンド裏の通路がごった返す 日陰でも相変わらずジメジメと湿気が肌にまとわって拭いても拭いても額の汗が落ち着かない中球場の端にある喫煙所に煙草を吸いに行った ほどなく…

「奥手」

新幹線の隣の席にクラスメイトの女の子が座ってきた 出発してから1時間も経たずに修学旅行の高揚感が高校生をじっとはさせなかったすでに隣にいるはずの友人はふらつきまわり面倒くさがりな僕はただこれからの4日間をひどく面白くもない憂鬱な気持ちで窓の外…

「郵便局」

街で唯一の郵便局は寂れた郊外の排ガスが舞う県道添い平屋の小さくて古い建物だった 従業員はいつも三人で一人は年配の支店長一人はぼっとしている長身の青年そしてもうひとり年上の女性局員に僕はその冬恋をした センター試験の願書を出しに長いこと自転車…

「幕」

過度な期待がかかったものでも無謀な依頼だったとしてもそれでもやっぱり幕は開く 準備不足を嘆いていても自分に力がなかったと嘆いていてもその日は絶対やってくる ある人は言うのだ考えたってしょうがないとなるようにしかならないのだと 終わった後で思う…

「運命」

転勤族の家庭で育った 中学を卒業する十五歳までに八回の引越し転校も四回した就職してからも十年そこいらでもう四回も部署を移動したから全体を通してコロコロと環境が変わるような人生を歩んできたことになる そんな事を人に言うと、よく「環境の変化に強…

「先輩と後輩」

今日部下が会社を辞める結局のところ直属の女の先輩が嫌で辞めるというのが大半の原因だしかしながらその先輩にとってははじめての後輩手塩にかけて一生懸命に育てたかわいい男の後輩しかしながら後輩にはそれがとっても重荷しかしながら先輩にはそれがわか…

「ブラック缶」

自販機でブラックを買ったら甘いコーヒーが出てきた あら、押し間違えたかと今度は確実にボタンを押すと甘いコーヒーが出てきた これは業者が取り違えたなと隣の甘いコーヒーのボタンを押したら今度はちゃんと甘いコーヒーが出てきた 通勤途上爽やかな朝の陽…

「ブランコ」

夕日がやけに綺麗だったまだ春の日差しというには弱々しい太陽が西に傾くころ僕たちは隣り合わせにブランコを漕いでいた駅前の都市開発が頓挫した広い空き地に隣接する小さな公園からは空がとてもとても広くって遠くでどこかの学校のチャイムとはしゃいでい…

「余裕の無い人」

月がきれいだって車を降りながら子供が言った 降りるのを手伝いながら あぁそうだね とロクに見もせずに答えた 今朝、車中のラジオで昨夜の月がとてもきれいだったと話していた 今宵 その月はもう見えない

「握手」

教室を出る時先生と握手をしてから帰るそれがそのクラスの決まりごとだった今日も先生と握手をするために列をなす先生さようなら先生また明日と一人また一人と教室から出て行く彼の番になったうつむきがちにおずおず手を握ったそのとき先生が冷やかに、彼に…

「手のひら」

少し肌寒い夕暮れの午後赤信号で車を停めると向かいのバス停のベンチで腰掛けている中年男性を見た 一見しても決して立派とは言えない身なり膝の上の小さなよれよれのバッグの上でじっと両手を見つめている ずっとずっと長いこと彼の後ろには煌々と灯る店の…

「夏のある日」

昨日まで普通に話していた老婆が次の日には動かなかった一人暮らしの平屋のいつもは開いている時間の雨戸が今朝は途中で止まっているその不自然さがいつもと違う予感を嫌でも周囲に漂わせた救急車が 警察官が 慌ただしく時が過ぎたその日の夕刻その借家に家…

「畦道」

放課後クラスいちの人気者が先生の前でおどけているのに先生は泣いていた 彼のお母さんの病気が悪化して今度腕を切るのだとかという話を僕は聞こえないふりで やり過ごした 夏休み前にお母さんは亡くなった先生が昼の授業を放擲してクラス全員を彼の家に向か…

「湯気」

傾きを増した夕日が露天の湯船を煌びやかに照らす湯気に囲まれてほっと息を吐きながら空をみたそれほど広くはない浴槽の対面に若い男が三人同じように空を見ていた 「こんなに三年間があっという間だとは思わなかったよ」一人がおもむろにそんなことを云った…

「高校野球」

古びた市営球場のスタンドの隅でプレイボールを待っていた ホームベースへの視界の前に嫌でも目に入る中年の姿地肌のよく見える頭髪は縮れて微妙に長く無造作で中肉中背の膨らんだ下腹はチェックのシャツでひどく目立つ コンビニのビニール袋の中に筒状のポ…

「一番遠い場所」

彼はその日誰からも遠い桜の木の下でカメラを首に下げひとり寂しそうに立っていた 数年前、妻に誘われてママ友仲間の飲みに連れて行かれた各々の旦那も集いぎこちなくも初対面の四、五人の男が酒を酌み交わす彼はその陽気な性格からすぐにリーダー格になった…

「幸福の羽根」

改札を出ると数十人の女子高生が緑の羽根の募金を大声で呼びかけていた手を引いていた娘に数十円を握らせ募金に行かせる箱にお金を入れるとひとりの生徒が“ありがと”と言って屈んで娘の左胸に羽根を付けてくれた何の募金かなんて説明してもわかる年齢ではな…

「タイムトラベラー」

気が狂いそうな頭をもたげたまま今日も家路に着くいつもの習慣で郵便受けを覗くと自分宛の葉書が一葉チラシに挟まって出てきた 自分が送った手紙だった 前年の秋旅先の土産物売り場の角に一年後に手紙が送れるというポストがひっそりと設置されているのを見…

「オシャレなカフェテラス」

外でランチが気持ち良い日曜の午後に彼女とオシャレなカフェテラスに行った 先に隣に座っていた若いカップルが二人ともすごくオシャレをしてきたのがすぐにわかるくらいなのにでも二人とも下を向いて会話は全く弾んでいないお互い緊張しているのが見て取れる…

「街灯」

今日はツイていない日だった 嫌な気分が離れなくて帰りの乗換で降りて美味いつけ麺をたらふく食べた 駅まで戻って喫煙所でタバコを吸いながら街灯を仰いだら少しだけ気楽になっている自分に気がついた

「曇天」

都心から遠方の目的地へもうすぐたどり着く車内で曇天の先の雲の切れ間から見える空の広さ まばらな人並みとのどかな駅前そしてゆっくり流れる時間この地にも生活があるここで生きたらどんな人生になるのここでの毎日は何が見えるの 少しばかりの異文化にち…

「帽子」

大柄な外国のお父さん歩けるくらいの男の子と日本人のお母さんとホームで電車を待っていた 暑くて暑くて じっとりと首筋が滴る土曜の昼下がりのそりのそりやってくる電車に皆が涼しさを求めてじりじりと前に詰めてくる 扉が開いてひんやりした風が流れてその…

「しおり」

古本屋を物色していると何回も買っては売ってを繰り返している本に出くわした既に二、三回は読んでいるはずの本を何気なく手にしてパラパラめくっているとしおりのように小さなメモ紙が挟まっていてそこにはこう書いてあった “あなたは私のことが好きですか…

「最後の選抜」

公式戦には出た事はないむしろベンチにすら入れていないだが彼は三年間休まずに頑張ってきたつもりだった周りに焚きつけられて始めただけのものなのに同級生は三十人結局バスケを好きになれずに現役を終わりそうだった高校ではもうやるつもりはない 最後の公…

「坂道」

別れ際、彼女が「手、繋いでくれて嬉しかった」と言った不思議な気分だった半同棲の状態が続いてもう半年あっという間に新鮮さは失われ何もかもが当たり前だったアパートから出てすぐの坂道でたまたま何気なく手を引いたその手初夏の気持ちの良い朝にたまた…