100%な朝を迎える方法

平凡な毎日の何気ない出来事を切り取っていく

散文詩

「付き添いの婦人」

暑い日も寒い日もその高齢の婦人は見舞いに来ていた脳出血を患った夫の入院もずいぶんと長くなる 具合が良くなったかと思ったらまた悪くなって退院できるかなと期待したらまた延期になって そんなことが繰り返され調子は芳しくないということを病棟の事務員…

「提灯の下」

狭い道路の両面に華やかな出店提灯のあかりがずっと続いていた小学校に上がりたてか幼稚園生か浴衣に着飾った姉妹が母親に連れられて人でごった返すその路地を覚束なく歩いていた歩くたびカラコロと鳴る下駄の音が心地よく買ってもらったばかりのウインナー…

「夏のある日」

昨日まで普通に話していた老婆が次の日には動かなかった一人暮らしの平屋のいつもは開いている時間の雨戸が今朝は途中で止まっているその不自然さがいつもと違う予感を嫌でも周囲に漂わせた救急車が 警察官が 慌ただしく時が過ぎたその日の夕刻その借家に家…

「湯気」

傾きを増した夕日が露天の湯船を煌びやかに照らす湯気に囲まれてほっと息を吐きながら空をみたそれほど広くはない浴槽の対面に若い男が三人同じように空を見ていた 「こんなに三年間があっという間だとは思わなかったよ」一人がおもむろにそんなことを云った…

「高校野球」

古びた市営球場のスタンドの隅でプレイボールを待っていた ホームベースへの視界の前に嫌でも目に入る中年の姿地肌のよく見える頭髪は縮れて微妙に長く無造作で中肉中背の膨らんだ下腹はチェックのシャツでひどく目立つ コンビニのビニール袋の中に筒状のポ…

「幸福の羽根」

改札を出ると数十人の女子高生が緑の羽根の募金を大声で呼びかけていた手を引いていた娘に数十円を握らせ募金に行かせる箱にお金を入れるとひとりの生徒が“ありがと”と言って屈んで娘の左胸に羽根を付けてくれた何の募金かなんて説明してもわかる年齢ではな…

「街灯」

今日はツイていない日だった 嫌な気分が離れなくて帰りの乗換で降りて美味いつけ麺をたらふく食べた 駅まで戻って喫煙所でタバコを吸いながら街灯を仰いだら少しだけ気楽になっている自分に気がついた

「曇天」

都心から遠方の目的地へもうすぐたどり着く車内で曇天の先の雲の切れ間から見える空の広さ まばらな人並みとのどかな駅前そしてゆっくり流れる時間この地にも生活があるここで生きたらどんな人生になるのここでの毎日は何が見えるの 少しばかりの異文化にち…

「帽子」

大柄な外国のお父さん歩けるくらいの男の子と日本人のお母さんとホームで電車を待っていた 暑くて暑くて じっとりと首筋が滴る土曜の昼下がりのそりのそりやってくる電車に皆が涼しさを求めてじりじりと前に詰めてくる 扉が開いてひんやりした風が流れてその…

「しおり」

古本屋を物色していると何回も買っては売ってを繰り返している本に出くわした既に二、三回は読んでいるはずの本を何気なく手にしてパラパラめくっているとしおりのように小さなメモ紙が挟まっていてそこにはこう書いてあった “あなたは私のことが好きですか…

「最後の選抜」

公式戦には出た事はないむしろベンチにすら入れていないだが彼は三年間休まずに頑張ってきたつもりだった周りに焚きつけられて始めただけのものなのに同級生は三十人結局バスケを好きになれずに現役を終わりそうだった高校ではもうやるつもりはない 最後の公…

「媚び」

会社に居座っている人慣れした猫が俺を見て一瞬警戒して恐る恐る腹を見せる俺はお前の敵か味方かわかんねぇぞ 他人のエゴに振り回されて人の機嫌に右往左往して一人で職場で黙々と残業してその残業代も控えめ抑えて目立たないようにいい人ぶってみて その柔…

「おこない」

クラスにあまり経済的に裕福でない女生徒がいた服装、持ち物、弁当あらゆる部分に嫌でもそれが見て取れ男子はあからさまに冷やかすが良かれと思ってやっている女子の行動も十分残酷なことだったりもした十代の前半という誰もが正解を探す事が困難な時期でも…

「転校」

転校してすぐに二人の同級生が遊びに来ないかって声をかけてくれた遊びに行った同級生の家は二間しか無い平家でそこでそこそこ身体の大きくなった六年生三人がバタバタと暴れてそれはそれは楽しかった誰も知らない土地で新しい友達と遊べたことが楽しかった …

「感謝」

その高齢の女性の口癖は「感謝、感謝」だった 何かをしてあげると「感謝、感謝」食べ物を食べる時も「感謝、感謝」歩いている時でさえ「感謝、感謝」あんまりたくさん言うものだから周りの人もつい可笑しくなって言い方を真似てその方に返す「感謝、感謝」っ…

「そっぽを」

地元の高校を受験することになった 中堅の公立高だったから自分達の中学から四十人近くも出願した 四十人全員で高校に願書を出しに行く際クラス委員をやっていたこともあって僕が取りまとめを任された 校門に入ったら会う人には愛想良く挨拶した方がいいとか…

「畑を耕す」

車での通勤途中に左右を広大な畑に挟まれた長くて真っ直ぐな一本道がある片道一車線、信号も無く車通りも少ないこの開放的な道では飛ばし屋でなくともいささかアクセルを強く踏みたくなる その日の朝も快調に走っていると反対車線はるか前方の畑の畦道から幌…