「そんなあなたに」
最寄駅に24時間営業のスーパーが併設していてそこのレジに僕が名物おばちゃんと勝手に呼んでいる店員さんがいる
身長はやや小柄で年齢は六十そこそこ栗色の髪の毛にくるんくるんのパーマをかけてどぎついブルーのアイシャドウをしているのが特徴だ
ナイトスタッフなので僕が帰ってくる夜10時頃には既にいて朝出勤する時にもまだ働いている
何が名物かと言うと僕は朝スーパーに入ってレジ横のエスカレーターから改札に上がるのだが目が合うといつも「いってらっしゃい」と言ってくれる
帰りにレジで買い物をするといつも「お疲れ様でした。おやすみなさい」と言ってくれる
それだけである
それだけなのにこの界隈に住んでいる人にこの話をするとみんなその人のことを知っている 人気も絶大だ
だからおばちゃんのブースはいつもウソのように長い列を成している
ただ物を買うだけの為にあえて時間をかけてそこに並ぶ その理由は何か
みんな癒されたいのだ きっと
疲れて帰ってきてお疲れ様と言ってほしいんだ 僕と同じように
ある日の帰り僕は煙草を切らして
いつものようにおばちゃんの列に並んだ
当時僕は強いこだわりのもとある銘柄の6ミリの煙草をずっと愛煙していたがその日おばちゃんのブースにはたまたまそれを切らしていた
それを知ったおばちゃん あわてて隣の隣のブースまで走って取りに行き急いで戻ってきて満面の笑みで僕の手に8ミリの煙草を乗せた
僕はそれを買った
おばちゃんにまた取りに行ってもらうことが本当に申し訳なく思えたのだ
しかしながらある日を境におばちゃんの姿が見えなくなった
よっぽど違うレジの店員さんに
聞いてみたかったがなんとなく憚られて結局解らずじまいになった
ただ、だいぶ経った今でもエスカレーターからレジを見る時 あのおばちゃんのようにいつか僕もなりたいって そう思うんだ