100%な朝を迎える方法

平凡な毎日の何気ない出来事を切り取っていく

「鍵盤ハーモニカ」

できないくせにできているように
知らないくせに知っているように
そう振る舞うのが昔から得意だった

卒園まであと半年というタイミングで
俺は幼稚園を転校した
挨拶もそこそこに
夏休み終明けから秋の演奏会で披露する
鼓笛隊の練習に力を入れさせられた
俺は当然ピアニカという
その他大勢に回された
俺以外の彼らは春から練習を繰り返している
夏休みも自分のパートを課題として出されて
上手に仕上がっていた

もはや追いつくことは不可能にみえ
途中で覚えることを諦めた
それで発表会の日はやってきた

大きな文化会館の箱で
母親の見ている中
俺はスカーフを首に巻き付けられて
着飾ってステージに立たされた

隣の奴の指を盗み見ながら指の動きを真似た
ピアニカには息を吹き込まず
あたかも吹いているように
そして音を乱さないように
できているように演じきった
母親からはよく指が動いていたよと
褒められた

俺の嘘まみれの人生はきっと
もうそこから始まっていたのだろうと

「吊し上げ」

体育の授業の終わり
担任である年増の女教師が語尾を強めて
4人の児童を体育館の真ん中に並ばせた
学校のそばの大型ショッピングモールに
子供だけで行ったのが問題らしい
他のクラスメイトは体育座りで
その叱責を聞いていた

数ヶ月前に引っ越しできたばかりの僕は
そんなルールなんか知らなかった
昨日だってひとり閉店間際までおもちゃ屋
ゲームを物色していたのだ
沢山の友達から離れて何も知らない街に来て
でも、家のすぐそばに
こんな大きな量販店があることが
すごく嬉しかった

不毛とも思える叱責が1時間を過ぎた頃
地方都市の保守的な考え方に腹が立ってきて
僕はおもむろに手を上げた

僕はこんな近くに立派な建物があるのに
何で子供だけで行ってはダメなのか聞いた
年増は学校のルールだと口角泡を飛ばして宣った

ルールには理由があるのではないか
近くのスーパーはいいのか
バスで行った先の繁華街はダメなのか
遠くに旅行に友達同士で行くことも
学校の顔色を伺わなければならないのか
その線引きは何処なのか
僕たちはもう来年には中学生になる
どうして親同伴で動かなければならないのか
前の街では低学年だって買い出しに行かされた
そう言って振り向き
同じ時期に転校してきた奴に同意を求めた
あまりに過保護ではないのかと

仮に非行の恐れを抱いてとか
余計な揉め事を防ぐためにとか
大人の保身のために
そんなルールを築いたとしても
こんなふうに吊し上げて晒すほどのことなのか
呼び出して注意することで良いのではないか

そして関係のない僕たちはなぜこれを
聞かなければならないのか
この無駄な時間は僕らに一体何の意味があるのか
そう言いきった

年増はブルドッグのように垂れた頬を揺らして
青筋を立てながら足速に体育館から出て行った
立たされていた彼らに転校生の洗礼を
受け続けていた僕は
以後担任からの風当たりが強くなる代わりに
クラスで物言う人間として
それから一目置かれるようになった


…という妄想をしたのだ

結局、僕の言葉は喉から口には出てはこなかった
早くこの話が終わらないかと
びくびくしながら
目立たぬようじっと待っているだけだった

「騙しごと」

従兄弟の結婚式に父がスピーチを頼まれ
話の冒頭で僕らが幼い頃
独身主義同盟を結んでいたことで笑いをとった

そう、確かにそんな話をその新郎である従兄弟と
弟とよく話をしていた
女なんてめんどくさい、結婚なんかだるい
もちろんそれは自分の心を保つための
強がりに過ぎなかった
話したいのにどう接して良いかわからなくて
若い頃の自分は不審な行動を繰り返し
そして勝手に傷ついていた

こんな辛い気持ちになるのなら
いっそ嫌ってしまえ 
そんな感じだ

でも、そんなスタンスを築いていながら
自分では何もしないくせに
それでもありがちなドラマのようなシーン
たまたま同じ本に手をかけるような
そんな光景をいつも望んでいた

棚からぼた餅が落ちるようなことを
自分は砂漠の真ん中にいるのに待っていた
そこには何百年経っても
ぼた餅など落ちてくるはずが無かった

そんな歪な時期を過ぎて
僕は遅いながらも生きることに慣れてきた
従兄弟はあれからすぐに離婚したが
僕はとりあえず激しいながらも長い
婚姻生活を続けている
ただ弟は、僕たちが引き摺り込んだ
弟は未だに砂漠を歩いて
幻想を追い求めていることを知って
少し後ろめたく思っている

「沈黙と空気」

不思議な体験がある
自分に何もないということ

会社の送別会か何かの後に
飲み直さないかと同僚に声をかけられた
男4人で近くの居酒屋に入った
くだらない話に馬鹿みたいに笑い
卑猥な話に声を顰め
楽しく会話をして過ごした
楽しく?

何時間か過ぎた頃異変に気づいた
僕は、自分から何一つ話題を出していない
話題を出していないどころか何かに対して
他の3人に伝わる返しすらしていない
僕は間違いなくその中にいた
一緒に笑い一緒に楽しんだ
ただそれはそこの雰囲気を壊さないだけで
いなくてもいい、空気だった

何かを言わなければと思うが
何かを提供しなければと思うが
手持ちに何の言葉のカードが無かった
会話の中でこういうところで頼むユッケは
小さいんだよという話になった
それで僕は店員にユッケを2つ頼んだ
数時間その場所にいて
僕がはっきり喋ったのはそれだけだった
そしてユッケは最後まで残っていた
僕は酒で歪む意識の中ではっきりそれを確認した

何かがずれていると感じながら
そして僕には何もないと思い知る

「週末のプール」

薄曇りのあまり暑くもない日だった
でも8月最後の日曜日ということもあって
県内有数の規模を誇る公益プールでは
その日もやっぱり人が多かった

プールそばの木陰はどこもすぐ埋まってしまって
俺ら家族はかなり入口近くのアーケードに
陣取るしかなかったが
スペースが多く取れたので広く茣蓙を敷いて
贅沢に陣取ってみた
すぐ近くに売店もあって
子供達も色めきだっていたので
それはそれでまぁ良かったと思っていた
流れるプールに行っては疲れて戻ってきて
波のプールに行っては寒くなって帰ってきて
そんな感じを繰り返し繰り返して過ごした

茣蓙を敷いた時から実は
ずっと気になっていた光景がある
目の先にそのカップルがいた
どうも2人とも敷くものを忘れてしまったらしい
浮き輪なども持っていなく彼が手拭いのような
薄く短い自分のタオルを彼女の下に敷いて
二人で焼きそばを啜っている
彼は身体が拭えずしきりに手で水滴を払っていた
じかに置いた2つの鞄が空々しく
彼の鞄は非防水性の普通の鞄で
なんかあんまり楽しそうには見えなかった

それではお尻が痛いだろうに
戻る度に気になった
せめて水辺では楽しく過ごしてくれていることを
切に期待しながら
俺は何度目かのスライダーに子供と走り出した

3時を回るかどうかで帰ってくると
彼らはもうそこにいなかった
彼女に惨めな思いさせんなよ
帰路の2人がどんな会話をするのか
弾む会話を祈りながら思いを馳せる

「不思議な景色」

祖母に連れられて僕たち家族は
母の実家である地方都市の
ちょっと高そうな料亭に入っていった

腰を落ち着けるかどうかのあたりで
母が奇声をあげている
割烹着を着た店員と何やら声を張り上げて
喜びあっているのだ

興奮冷めらやぬまま
僕たちに女子高時代の同級生なのだと
紹介した
卒業以来の再会らしい
母は高卒で上京し数年の社会経験の後結婚したので
僕の年齢から考えても十数年ぶりなのだろう

そんなことがあって母の機嫌は
終始すこぶる良かった
一通りの食事が終わって
僕は大人たちめんどくさい会話に辟易して
入口の待合室のTVで
たまたまやっていた
アメリカのプロボクサーの防衛戦を
ぼんやり見ていた

すると横からすっとその店員がやってきて
僕に話しかけてきた
“お母さんと同級生なのよ”
僕はなんだか変に大人びて見せたくて
“ああ、そうみたいですね”と
可愛くない返事をした
二人でしばらく黙って試合を見ていた

誰もが当然勝つものと疑わなかった
百戦錬磨の絶対王者
10回に猛攻をくらいリングに大の字に倒れて
それきり立ち上がらなかった

「花火」

毎日毎日
もう勘弁してほしいと
思っていた猛暑は
いっときの霧雨によってあっという間に
絡め取られてしまった

涼しくなった夕闇の公園で
よちよち歩きの子供を
二人かかえた家族が
誰もいない公園で花火をしていた
遠い街灯のほの暗い中に
灯る一本の蝋燭の炎は綺麗で
母親がひとりの肩をつかみ
近寄らないようにして
父親がもうひとりの娘の
手に持った棒を炎に近づけると
弾ける音とともに小さな歓声が響き
周りが赤や緑に明るく灯った

もうすぐ夏が終わる
もうせつなくなった