100%な朝を迎える方法

平凡な毎日の何気ない出来事を切り取っていく

「後ろ姿」

横浜から二、三駅先の郊外に
彼の一番最初に住んだ家がある
写真でしか見たことがない
小さなボロいアパートで
生後一年も住んでいなかったから
もちろん覚えているわけでもない

二十歳を間近に控えた彼は
原点を見にいってみようと思う、と
母に伝え駅からアパートまでの
のりを地図で描いてもらって
その地に向かった

本当は原点回帰などではなく
死に場所を探しに向かったのだ

もう疲れてしまった
いろいろなことに

そんな心を映すように
横浜を過ぎる頃小雨が降りだし
目的の駅に着いた時には
傘を差すほどではないが
小雨混じりのどんよりとした雲が
広がっていて
心をさらに塞いでいった

探すのに苦慮すると
予想していたアパートは
案外すんなりと見つかって
古くともまだそこに存在していた
掠れた表札に手を滑らすと
薄く付着していた汚れが手につく
二階の階段に近い方の角部屋
誰かが住んでいるようだった

写真で見たアパートの玄関口の
車道に出て道の先を見ると
遠くからベビーカーを押した
若い夫婦がこっちに歩いてくる
両親に押されるベビーカーの中で
覚えているはずのない街並みが
彼の胸に蘇る
その子にかけた期待、希望、喜び

残像が重なり彼の横を
二十年前の三人が通り過ぎた

そしてそう思う
もう少し、頑張れるはずだ、って
若い夫婦がとうに過ぎ去って
降りていく坂の向こうに
ほのかに虹がかかってみえた